2017.8.8 「心が叫びたがってるんだ。」

※すぐネタバレあるよー※

 今日は、新宿バルト9へ。もう公開から結構日にち経ってるのか、意外と上映館数が少なくてスケジュール立てるのに苦難しましたが、まあ見ないとダメでしょってことで。

 あらすじ(かなりネタバレあるね)はこんな感じ。

他人と本音で向き合うことができない高校3年生の坂上拓実は、クラスの担任から「地域ふれあい交流会」の実行委員に任命されてしまう。一緒に任命されたクラスメイトの成瀬順は、幼い頃のトラウマのせいでしゃべると腹痛に襲われるため文字でしか他人と意思疎通できず、同級生からは変わった子だと思われている。担任の提案により、交流会の出し物はミュージカルに決定。そのヒロインを務めることになった順は、拓実のある言葉をきっかけに、これまで心に閉じ込めてきた自分の本当の気持ちを歌にして伝えることを決意する。

(映画.com(http://eiga.com/movie/86707/)より引用)

 一応公式HPも。

kokosake-movie.jp

 

 

 いやー終盤普通に泣いちゃったじゃんかー。ずるいよ。あんな愚直に子供の成長見せてそれ見守る親の構図とか出されたら泣いちゃうじゃん。ってことでいい映画だったことには間違いなかったです。芳根ちゃんも相変わらず可愛かったです。王道って感じで見やすかったし、特段大きな仕掛けがある訳ではないし、みんなの想像通りな進み方なんだけど、まあよかったですよ。ほんとうまく言えないなー悪く言いたい訳じゃ全くないんだけど今までで一番褒める感じでもない的な。

 

 成瀬順が中心に話が進んでいく。拓実によって彼女の扉が開いていき、彼女によって他の3人も本当に言いたいことっていう扉が開いていく。これは完全に4人の物語だったし、ただ成瀬順が象徴として置かれてただけとも言えるかも。それぐらい他の3人に感情が入りやすかった。

 

 

 言葉は戻ってこない不可逆なもの。よくわかる。一度何気ない感情で発した言葉が相手を傷つけてしまうことがある。自分自身も何度か傷つけてしまったことがある。もしかしたら自分が気づいていないだけで、他にも傷つけてしまった人がいるかもしれない。いずれも自己中心的な考えだったと思う。それか何も考えずに発した言葉だったか。でも発してしまった以上もうどうしようがないし、自分は忘れられたとしても相手は忘れられないものかもしれない。逆に、自分が忘れられなくて相手が忘れてしまっているものかもしれない。どちらも覚えていたり忘れていたりするかもしれない。誰も答えはわからない。だって覚えているのか、忘れているのか、その事実は言葉に出していないから。

 言葉は発すれば戻ってくるものではないが、発しなければ誰にも届かない。発さないとわからないから悩み苦しむ。

 

 

 

 あと、心「が」叫ぶっていうのと、心「を」叫ぶっていうのは違うことだよなーって途中から考えちゃった。心は叫ばない。でも私が「心を叫ぶ」ことはある。

 映画の中でも一応パンフでも確認したけど、「心は叫ばない」→「心は叫んでる」→「心が叫び出す」→「私は叫ぶ」になってる。順が書いた本だから順の心の流れと一緒なんだけど、拓実と会って「心」は動き出す。そして心「は」叫び出す。でも身体「は」叫ばない。そして、心「が」叫び出す。その頃には歌であっても自分のことが少しずつ表現できるようになっている。だから心と身体が一致するようになってきた。自分がしたいこと伝えたいことが口に出せるようになってきた。でも、拓実が仁藤のことを好きってことを知ってしまう。そのショックで今まで心と身体をつなぎとめてきた歌が失われた順。ミュージカルを無断欠席して、彼女が心を叫べなくなった原因であるラブホに籠もる。そこに現れたのが当の拓実で、彼が順の心と体をつなぎとめる役割を担い、彼女の叫び出していた思いが口に出された。「心が叫び出していた」状態に拓実が現れて実際に「私は叫ぶ」状態になった。個人的に、「は」だと受動的な印象を受けるが、「が」だと能動的な印象を受ける。だから、心「は」叫んでいる だとより何かに頼っている感じがするけど、心「が」叫び出す だと自然と心からの思いが出ているような印象。

 順にとっては拓実が触媒になってるけど、拓実、仁藤、田崎にとっては順が触媒。最初はあんなに誰ともコミュニケーションが取れなかったのに。成長だね…しくしく思っちゃうね。

 

 

 

 ってな感じで終わろっかなー。なんかいつもに増して雑多で散らかった感想になったけどいいでしょう。もともとそんなもん。あと短めに終わらせたかった。ちょくちょく書き足すかもしれないなー。

 

2017.8.6 ももクロ夏のバカ騒ぎ2017 -Five the Color Road to 2020- Day2

 久々の更新。本当は一個下書きしてるんだけど、かなり長くて全然終わらないからもう少ししたら公開します。

 

 ってなことで今回は、ももクロ恒例の夏の野外スタジアムライブ!!!!もう半端じゃないくらい最高!!!土曜には小学校からの唯一とも言えるほどの親友がOCに来てて(理由はね…)、泊まりでずっとお笑い番組見たりお話ししてたりで、日曜はその友達と別れて、運スタのOCの活動を午後2時半までやってそのあと急いで味の素スタジアムに向かいました。かなりギリギリになっちゃったから物販も行ったけどほぼ売り切れてた…このライブの扇子めちゃめちゃおしゃれだし、記念のTシャツも買いたかったなー。本当無念。あとできっとファンクラブ通販あること願う。でライブは17時スタート!そんでもって21時ちょい前終わりでがっつり4時間弱。でも今回はほぼダレることなかったなー!基本的にスポーツが好きだからってのもあると思うんだけど、桃神祭とかに比べたら着替え時間も休憩できずにずっと楽しめるライブになってた。素晴らしかった。セトリも最高。ってことでとりあえずナタリーさんのレポートを。お分かりの通りかなりオタオタしいブログになりまっせ。

 

natalie.mu

 

 いやーまず10万902人来たのすごいな!!TIFと被ってた日程なのにTIFの9万人超えるとは…!数字上でもまだまだ衰えてないのを示せてるし、ライブ見た限りだとまだまだ進化するねー。本当に夏のスタジアムライブは最高。めちゃめちゃ西日を浴びて暑い中でライブがスタートして、だんだん暗くなってペンライトで会場が綺麗になっていく感じとか味わえるのこの夏ライブしかないし。ギリギリまで悩んだけど行ってよかった。

 

以下セトリ(ナタリーさんより)。

 
8月5日公演

SE. overture ~ももいろクローバーZ参上!!~
01. Survival of the Fittest -interlude- ~ BLAST!
02. サラバ、愛しき悲しみたちよ
03. 上球物語 -Carpe diem-
04. DECORATION
05. 境界のペンデュラム
06. 労働讃歌
07. 何時だって挑戦者
08. PUSH
09. ココ☆ナツ LIVE ver.
10. 猛烈宇宙交響曲・第七楽章「無限の愛」
11. 全力少女
12. JUMP!!!!! LIVE ver. 関東学院中学校高等学校マーチングバンド
13. オレンジノート
14. ゴリラパンチ
15. もっ黒ニナル果て
16. 桃源郷
17. BIONIC CHERRY
18. 行くぜっ!怪盗少女
19. 走れ!
20. 桃色空
21. Hanabi
22. ワニとシャンプー
23. 希望の向こうへ
<アンコール>
24. コノウタ
25. バンド紹介(Link Link)
26. HAPPY Re:BIRTHDAY

8月6日公演

SE. overture ~ももいろクローバーZ参上!!~
01. 境界のペンデュラム
02. 天手力男
03. ゴリラパンチ
04. CONTRADICTION
05. Survival of the Fittest -interlude- ~ BLAST!
06. ザ・ゴールデン・ヒストリー
07. ココ☆ナツ LIVE ver.
08. 黒い週末
09. 何時だって挑戦者
10. PUSH
11. Chai Maxx
12. JUMP!!!!! LIVE ver. with 関東学院中学校高等学校マーチングバンド
13. D'の純情
14. ワニとシャンプー
15. もっ黒ニナル果て
16. 猛烈宇宙交響曲・第七楽章「無限の愛」
17. キミノア
18. 行くぜっ!怪盗少女
19. 走れ!
20. 桃色空
21. 青春賦
22. MOON PRIDE
23. 白金の夜明け
<アンコール>
24. ツヨクツヨク
25. バンド紹介(Link Link)
26. あの空へ向かって

 

 

 行ったのが8月6日のだからそれ中心に。

 まず一曲目がれにちゃんセンターの新曲!かっこいいしいい曲だった!新曲だったのにもうコール出来上がってたのに焦ったけどなんとか二番からはついていけたー。しかしいい曲ってかいいシングルだね!これ表題曲じゃなくて、表題曲は5曲目の「BLAST」なんだけど、一貫してこのシングルはスポーツとの融合がテーマになって応援歌になってる。ヒャダイン曲だけ異彩を放ってるけど…!これぐらいはっきりしたコンセプトシングルなかなかない気がしてすごい気持ちよかったなー!そこにももクロらしい音楽性がある気がする。直球のよく受けそうなリズムと調でいい感じの歌詞を並べるんじゃなくて、あくまで攻めていく独特でありながら何回も聴きたくなるような感じ。1回目聴いた感じだと少し?マーク浮かぶけど、何回も聴くと本当にいい曲で練られてたんだって気づくんだよねー。今回も素晴らしかった。

 んでライブは続いてゴリラパンチ!CDで聴いてただけだとただのコミックソングなんだけど、めちゃめちゃライブ映えしてたねー!!めちゃめちゃ楽しかった!杏果センターだったけどすごい合ってたなー。こういう曲でもまた違う一面見せられてもうだめだねー!こんな楽しい曲久しぶりだなー5thだとこういう曲なかったから嬉しいなーついにチャイマに並ぶライブ曲来たなーって思ったら、そのあとにチャイマきて結局チャイマ最高楽しすぎってなるんだけどね。

 コントラも最高だった!国立2日目のアンコール一曲目がコントラでめちゃめちゃアガったのを思い出したー!最高に熱い曲。ここまででもこんないい曲だらけだから夏の箱はやめらんない。

 そのあと、ザゴールデンヒストリー。これこんないい曲だったんだってほどいい曲だった。ちょっと途中でうるっときちゃった。ももクロここまで来たんだよなーってのを大勢の観衆見渡しながら聴いてたら。楽しい曲。好きな曲多すぎる最近ので。

 ココナツも黒週もpushもチャイマもワニシャンもモーレツもいつも通り最高。やっぱももクロってライブアイドルだよなーって再確認させてくれた。

 Dの純情は久しぶりに聴いた気がした。JUMPも夏にたまにやる印象。静岡のエコパでやった以来かな。ドラマ思い出して懐かしい思いが。生で見るために、あの時の自分にとっては割と頑張って起きてた印象が…懐かしい…。

 もっ黒は聴き始めは上辺だけで流行に乗っただけののラップ曲だと思ってたけど、やっぱ最後にはよくできてていいインパクトになってるなーって思った。ライブ自体を楽しく落ち着かせられるいい曲。やっといいラップ曲に巡り会えたねー今まで少しスベってた感否めないから笑。

 そして、キミノアトで泣いちゃった。ももクロライブで泣いたのは、国立でみんなが夢叶えて登場して来て二曲目終わるまでずっと泣いてた時以来だったなー。さっきまで楽しい楽しいが占有してた我が心が、不意に悲しいにもっていかれる。もう何が何だかわからないもんです。

 そのあとの怪盗少女は安定。あーりんわっしょいも歴史に刻むはこの飛翔も感電口上も忘れてなかった自分に感動。やっぱ染み込んでました。現場行ってなかったからって抜けるもんじゃない。

 走れは相変わらず綺麗なペンライト。もうZバージョンの走れしかやらないのかなー。無印の走れも好きなんだけどねー。

 青春賦は最後のハモリがすごい上手くなってた!すごいいい曲だし、トップレベルで好きな曲。ももクロ主演映画「幕が上がる」が大好き人間なので、特に思い入れが。またライブで聴けてよかった。

 アンコールovertureも本当久しぶり!あのアンコール一番楽しい。あの音源欲しい。

 そしてアンコール明け一曲目がツヨクツヨク!ももクロ唯一のタオル回し曲!もう楽しすぎ!ツヨクーツヨクー溢れる想いーいーつーかーあなたへと届けたいー♪だよねー!!最高のアンコール始まり。

 そして最後は、予想通りあの空で終了。この曲は言うことなし素晴らしすぎ殿堂入り。

 

 他にも全力少女とか労働讃歌とか聴きたかったなーって思ったら1日目にやられてた。さらにBCもオレンジノートもコノウタもやってた。1日目も2日目も最高じゃんね!やっぱライブはできるだけ行くもんだよねー。ってことでこれからもできるだけ足を運ぼうと思えた最高のライブでした。本当に最高。文句言えない。あえて1つ希望言うなら笑顔百景がそろそろ聴きたいなーってこと。笑顔百景の底抜けに明るい感じ大好きなんです。本当にそれぐらい。

 あと、島田和正さんと言うフジの音楽ディレクターの感想がこちら。

こういうエンターテインメントを魅せられるのがももクロだよなぁと再確認。 いろんなアイドルのライブを見るけど、ももクロほど可愛いとか男心をくすぐる方向ではなく、純粋にエンターテインメントとして楽しめたり、笑えたり、盛り上がれたり、泣けたりするライブはない。 #ももクロ夏2017 

(島田和正@kazu0312 より引用)

 本当にこの通りだと思う。ただ見てるだけで幸せになれるというか。参加するだけでもう楽しめるし、そこに無駄な邪な感情はいらない。最高でした。ありがとうございました。

 次は杏果の日本武道館ソロコンに行きたいし、大箱はももクリかな。とにかく次が楽しみ。

 

 あと、ライブ前にちらっと見たしゃちほこのライブも最高に楽しそうだったし、エビ中のライブにもすごく行きたい。やっぱスタダで決まりだな。

2017.7.14 「メアリと魔女の花」

※ネタバレないよー※

 ちょっと前回のエントリー長くなりすぎたなー。まあシリアスな話題だったからしょうがないか!前回1000字以内に収めようとしたら3193字あった。一番最初の記事から、2506字→2607字→3208字→4203字→3193字だった。今回は1000字以内に。

 

 てなことで今日は「メアリと魔女の花」観にTOHOシネマズ新宿へ。あ、インスタから飛んできた皆さんこんにちは。ここまで演劇とか映画とか本の記事しかあげてないけど、これからはもっと緩くなって行くよきっと。だからたまーにでものぞいてみてね。映画とか演劇とか鑑賞したときは基本記事あげるけど。自分のために。そこんとこは最初の記事読んでおいてね。暇な時でも。

 

okko1101.hatenablog.com

 

 TOHOシネマズデーはありがたい。ファーストデーも基本行くけど、さらに安く行ける日あるの感謝。メンズデーも作って欲しいです。ついでに男性専用車両つくって欲しいです。

 

 今までの自分の人生で、メアリみたいなアニメ映画はターニングホイントになってる感じがする。バケモノの子秒速5センチメートルを一緒にみたことで今までの人生はガラリと変わって、色鮮やかな世界を見させてもらう始まりになったし、SINGが元サヤのきっかけになった。まあそのSINGのせいってかそのあとの自分の選択が自分が相手より至らない人間だったことをまざまざと思い知らされたんだけどね。こういうこと書いてたら1000字どころじゃない!まあいつでも喋れるし。

 で、それゆえ今回はこの映画が観たい!ってなって観てきました。あと、心がほっこりしたかった。

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 あらすじはこんな感じ。って載せようと思ったんだけど、ちょうどいい長さのあらすじなかったし、今回あんまり内容に言及しないから載せなくてもいいでしょう!あとここまで読んでくれてる、読んでくださってる人、方々は今更あらすじとか大丈夫だと思った。てかあらすじとか調べない方が面白いよきっと。さっき覗いてみたら結構深く書いちゃってるあらすじもあったし。

 

 観ているときは二回うるっときて、観終わってセカオワの曲流れてる時にもう一回うるっときた。なんて言えばいいのか難しいけど、ジブリとかああいうアニメの映画は結末が正直見えちゃう。結末の裏切り方とか細かいディティールの伏線回収とかはあんまり見えない。むしろいらない。それは理解した上で、観て面白いかっていうことな気がする。主人公のことを何も考えずに応援する。その流れが心地よくて観てしまう。

 アニメ映画見に行く時はそんな気分で観に行く。晩年のいいとも見る感じ。悪く言えばマンネリだけど、いい意味で安定していて、少し仕掛けもある。今回のメアリもその期待に応えてくれました。すごい観ていて気持ちが入っていきやすくて、こういうの観にきたんだよなーって思いました。もう心の中で「頑張れー!」って思ってました。あと映画は音楽との親和性が高いとさらに良く見える。劇中歌もだけど最後のセカオワの歌もすごいよかった。そんな感じで、今回の記事は短く終わると思った。

 

 あと、これは一人で行かないほうがいいねー!TOHOシネマズデーだったこと急に気づいてチケット予約したから一人だったけど、本来複数人で見たほうがいいと思う。特に、カップルじゃないちょうどいい感じの男女二人がいい!!最初に好きになったほうが、押していって少しずつアプローチかけている頃に敢えて少し引いてみることで相手の反応確かめてるころの二人!引いてみても相手が離れないで付いてきてくれてるの確認していける!って自信持つかどうかのあたりの二人!これがいいと思う。深く考えないでいいから、見るだけで終われるし必ずいい終わり方になるからねー。

 7/8から公開なのでまだまだ時間あるから、ぜひ劇場に足運んでみてください!

 

 

 予告編見てたら、キミスイでうるっときたから見に行くし、ここさけも一応見に行く気がする。君の膵臓をたべたいってキミスイって言うんだね。なんだかんだ忙しい今月。嬉しい忙しさ。よしテスト勉強頑張ろ。次はきっと7/28の演劇。いやその前に3日間帰省するんだった。

 

計1725字

2017.7.8 「殺人犯はそこにいる」(清水潔)

 「死」とは不可逆で、理不尽なものだと思う。たとえ満足した一生を送ることができ、満身創痍な老体の死であっても全員がそれに納得することはあるのだろうか。そこには必ず多かれ少なかれ理不尽さが付きまとうのではないか。理不尽というか、後悔か。

 私は、身近な人の死を二度経験している。これを多いとみなすか少ないとみなすかは自由だが、こんな経験少ない方がいいに決まってる。正確にいうと三度なのだが、その方は小学の野球のクラブチームの会長的な立ち位置で、選手とは距離があるタイプの人でいつも名前を呼び間違えられていたので今回は含めない。もちろん悲しいことには間違いない。

 二度の経験のうち、最初が高一で、隣に住んでいて小学生低学年あたりによく一緒に遊んでもらっていたおばちゃんだった。部活や勉強で忙しくなってからは挨拶しかしなくなっていた。二回目は高三の秋で、弓道部のコーチだった。部長という自分の立ち位置的にかなり話す機会はあったのだが、論理的に破綻している気分屋的な傾向のあるコーチだったので、この代では自分含め副部長などもあまりよく思っていなかった。

 このお二方の死の知らせを聞いた時、ご冥福を祈る気持ちと共に後悔、やり切れなさが湧き上がってきた。そして、死という避けられない仕組みへの怒りとでもいうようなものが生まれた。どうしようもないものなのに。近所のおばちゃんもコーチも病気を持っていた。

 

 おばちゃんとはもう少し色々なお話がしたかったと思う。小学生の時はあんなに手を焼いてくれたのだから、せめて大学に入り、立派な大人になるステップをほんのすこしでもいいから見せたかった。

 

 コーチには大学に無事合格したことを伝えたかった。部活現役の時、自分たちの代がコーチを嫌っていたのと同じぐらい、コーチからも嫌われていると思っていた。指導も一個下の代を中心にしていたし。嫌っていたのに、コーチが指導しないと不満を持つのはおかしいと今では思うが、あの時は鶏が先か卵が先か的な感覚だった。だから引退した後も弓道場に顔出すのは、この代全体が避けていた。行ったとしてもあのコーチに受験もどうせダメだろうとか嫌味言われると思ったから。

  引退した後11月に偶然再会する機会があった。学校行事として行われた講演会を聞きにきていたのだ。真っ先にコーチを発見してしまった私は、あまり見つからないように入場していた。クラスメートも周りにいる状況だったから。しかし、やっぱり当たり前に見つかった。目があった。無視するのもバツが悪い気がしたため、会釈を一応程度にした。そしたらコーチが「大学進んでるか?」と問いかけてきた。恥ずかしくなって、愛想笑いをしてその場を立ち去った。その約10日後、コーチは亡くなった。昔から冗談のように「俺は癌だから帰り道で死んでるかもなー。明日来れないなー。」と言っていた。翌日必ずと言っていいほどコーチは来ていた。だから死なないと思っていた。明日も明後日もいつもの調子で厳しいこと言われるんだと思っていた。亡くなったという一方が届いた時、真っ先に頭の中に浮かんだのが「大学進んでるか?」という言葉。あの時は、意味わかんないなーで片付けていた言葉。亡くなってから気づいた。あんな嫌っていたのに、嫌っていたはずなのに、自分のことを心配してくれていたということ。自分で勝手に嫌味を言われると思っていた、思い込んでいた。部活ではうまくいかなかったけど、背中を押してくれていた。そのことに気づかず、幼稚な対応をしてしまった自分に腹がたつ。でもその後悔はもうどこに行ってくれるわけでもなく、自分の中に居続ける。だって、もうあの方はもう存在していないから。会えないから。「無事合格しました!」の知らせを伝えられない。応援してくれていたことに気づかず、あの方との関係は終わってしまった。

 

 こうやっていつも終わってから気づく。失ってからその大切さに気づく。

 

 「死」とはそういうものだ。人間愚かだが、そういう運命なんだと思う。今回の本「殺人犯はそこにいる」に描かれていることは全て事実である。実際に起きたことである。北関東連続幼女誘拐殺人事件。親の元から離れた一瞬が狙われ、五人の少女が誘拐された。そのうち4人は遺体として発見され、一人は未だに行方不明である。5つの事件のうち、3つはパチンコ店で起きている。親が一緒に子供を連れて自らが娯楽にふけっている間に起きたのだ。

 被害者のご冥福をお祈りする。悔やんでも悔やみきれない。遺族の親御さんは、なぜあんなことをしてしまったんだと思っている。何事もなかったら「パチンコ楽しかった」で終わったことだが、愛する娘を失って、自らの行動を悔いる。ただ、この行動は誰にも責めることができない。責めるなら犯人を責める他ない。子どもの行動を全て監視することなど不可能だ。

 

 この本の著者である、清水潔氏も娘を失っている。交通事故という点で若干の違いはあるが、遺族に近い立ち位置である。彼は日本テレビの社会部の記者であり、この事件の犯人を許すことができないというただ一点の想いでこの事件に取り組んでいる。記者の範疇を超えてまでも解決しようともがいている。この生き様が半端じゃない。私が今まで想像してきたような正義感を超えたところで動いている。 

 そして、著者のその正義感が文面からありありと伝わってくる。一見素人の目からすれば、とっかかりのないように思える事件だが、泥臭く事件の真相に迫っていく姿はまさにヒーローだ。読者は、戦隊モノで悪者を倒すヒーローを応援するかのごとく、勧善懲悪の世界に入り込んで行く。

 

 P45にこのような記述がある。

 私はその資料を開くと、その意味するところに気づき、固まった。メディアも司法関係者もほとんど誰も注目してこなかった事実のようだった。(中略)

 そこから立ち上がるのは一人の男の影-ある「推論」が私の脳を直撃する。

(P45 第一章 動機より)

  「いいぞー!誰だその男は!ゾクゾクしてくるミステリーだなー。著者よ、早くその答えを教えてくれ。」

 そう思った次の瞬間、ふと気づく。これはノンフィクションでミステリーなんかじゃない、と。実際に5人の少女が被害に遭っているのだ、と。

 

 この本は読んでいて気持ちのよい結末を迎えるわけでもない、この人の取材ルポのようなものだ。小説の方が爽快な読後感があるだろう。しかし、この本には知らなければならない事実が書いてある。小説の持つカタルシスよりも大事なものがある。

 司法の持つ不合理さは何度か本などを通して触れたことがあったため、この本から目新しいことを学ぶことはなかったが、それでも本来救ってくれるはずの存在に見捨てられる現実は目を背けたいほどだ。特にこのケースだとそれが顕著であった。

 この本は、警察や裁判所とは逆の立場から書かれており、かなり痛快で、読者に対して、それらへの怒りを覚えさせるものである。。しかしこれが全て正しいとも限らない。一方的な視点から書かれているからだ。読む者も試されている気がする。この本を読んで、実際に起きている事実、著者の生き様に触れることができてよかったと思っている。

 

 

 すごい距離の近い人の「死」にはまだ直面したことがない。そんなの一生経験したくない。どんな思いをするかも経験したくないし、想像もしたくない。その人を失ってもう二度とこの世で会えなくなって、もっとあんなことしたかったな、あのこと話したかったなとか思うのだろうか。そんなの嫌だ。どうしようもないことなのに。

 ときどき「幸せ」ってなんだろうって思う。死の逆の概念の幸せって何だかわからない。でもそれって、幸せだからわかんないのかもしれない。幸せを失った時に、幸せの大切さに気づく。そうだとしたら、今、僕はあいにく幸せだ。

 

2017.7.4 玉田企画「今が、オールタイムベスト」

 前日に行こうと決めて、ホームページ調べたら今日が千秋楽で全部のチケットが売り切れてました。当日券調べたらそこそこは入れてるみたいなので、2限終わって直行して当日券確保しました。

 こんな急に行こうと思った要因はこのつぶやき。

  この方はテレビ東京の方で、ゴッドタンとかキングちゃんとかお笑いゴリゴリの番組を作っている人。自分が毎週録画してる好きな番組を作ってる。そして忙しいはずなのにいろんな分野のカルチャーに触れてて、いつも参考にしてる。面白いもの作れる人が「これは面白い!」っていうものはきっと面白いだろうし、そういうのに飛びついていくことが必要だと思うんだよねー、この時間がたっぷりある大学生の時に。この方の著書にも書いてあったのが「若いうちは、音楽や映画、本に漫画などいろんなものに触れていることが大切だ。」ってことが一言一句一緒ではないけど書いてて、それから意識して動くようにしてる!特に上京してからは、チャンスならそこら中に転がってるわけだし。

 センスのいい人って、アウトプットももちろんだけど、凡人よりも相当なインプットをしているはず。0から1を作っていると言われる人って、実際は凡人が知らないような、インプットされていないような0.1を組み合わせて作っていると思う。藤井健太郎さんっていう「水曜日のダウンタウン」とかの演出家の人も何かのインタビューでそう言ってた。学歴があるから就活の時だけもっともらしいこと言うやつに負けたくないってすごく思ってるし。飲み会、サークルだけが学生生活のやつに負けたくないって思うよねー。(政経落ちたからかねー…!)

 あと佐久間さんは、早稲田大学商学部卒業。で福島県いわき市出身っていう東北つながりまで一緒。まあとにかく素晴らしい演出家さんです。

 

 

 てな訳で行ってきました、五反田・大崎にある「アトリエヘリコプター」へ。(毎回前置き長いから短くしていこう…。)工場を改築して小劇場にした場所らしくて、キャパは100人。シベ少の時と比べたら半分以下。舞台が回転式で3つのセットがあって、そこを演者が移動しながら行われるシステム。

 

 でそこで見たのが、玉田企画の「今が、オールタイムベスト」。

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 玉田企画って聞いたことあるなあって思ってだけど、そういえばシベ少の演劇見たときのチラシに入ってたんだった。

 ここの主宰者は、玉田真也さん。あの青年団の演出部に所属してるらしい。平田オリザさんの青年団。今度、こまばアゴラ劇場にも行きたいな。

 

 内容としては、って紹介したいんだけどなんと書けばいいか難しい。素に戻ってみると普通の会話が行われてただけなんだけど、最初の1シーンでこの演劇の方向性が見えて、そっちに観客が持っていかれて笑いが増えていく。

 ざっくりまとめると

「心が屈折した中学3年生の息子。その息子の父(社長)が今度再婚するということで、披露宴のために父と息子、父の弟、父の会社の同僚と長野のコテージに宿泊している。話は披露宴前日の出来事。再婚相手になる女性のことをお母さんとは認識しようとしない息子。その理由は『散歩用の靴をその女性に勝手に使われた』という一見些細に思えることであった。披露宴には出ない、あの女性はお母さんなんかじゃないと言う息子の横柄な態度についにしびれを切らした父が激怒する。しかし、息子が散歩用の靴を大事にしていたのにはちゃんと理由があった。それは『散歩の時間だけが彼にとって唯一の楽しい時間である』ということだった。社長である父が毎晩のように会社の人を家に連れてきて騒いでいること、知らない人を急に連れてきて一緒に暮らしていることにとても居心地の悪さを感じていたが、口には出さずに我慢していた彼にとって散歩は気を使わずに済む時間だったのだ。そのことを明かされた父は、それでも引き下がれなくなったのか、怒って息子を追い出してしまった。同僚や弟から非難を浴びる父。最後は、再婚相手の女性が息子の部屋に行き、靴を履いてしまったことを再度謝り、なんとなくこれからに向かって本当に少し歩き出す。」

って感じ。

 

 とにかく登場人物がリアルに描かれている。全ての人に感情が移入できる。例えば、デートに誘うシーンとかでモジモジしてはっきり言えない感じとか。「今度の日曜、暇なんだけど遊ばない?」って言えばいいものをその言葉が全く出てこない。頭では言えばいいのわかってるのに言えない。言ったところで、かなり婉曲的になっちゃって伝えたいことが伝えられない。もっと一緒にいたいのに「じゃあ解散にする?もうちょっとどっかいく?」って言っちゃう。自分の中では一択なのに。

 全員のすべての会話が今まで自分がしてきたような会話で構成されている。

 そしてこの劇では、ストーリーの中で最初に10代の息子が好きな人に告白できない様子が描かれる。その後、30代の会社の同僚が好きな人と別れなければいけない流れになってしまい、本当はもっと一緒にいたいのにそれがなかなか言えない様子が描かれる。最後は、ウェデイングプランナーのバツイチの40代のおじさん(プランナーがバツイチという設定が良いね)がこの歳になると好きな人ができても怖くて勇気が出ないという様子が描かれる。これが男なのだ。何歳になっても大事なところで決断できない男がそのまま歳を食っていってしまう。この描写によって、再婚する父の異質さが際立って、ラストシーンの激昂する場面にうまく繋がっていた。

 このような同じ人生を歩みそうな年齢の違う二人が描かれることが多く、演じられている「今現在」だけでない、将来も想像された。演者一人一人の発言だけではなく、発言していない時の行動にもとてもメッセージが感じられた。青年団イズムかな。

 

 そして、この作品の作・演出であり、息子役を演じた玉田真也氏の演じっぷりが半端じゃなかった。彼の精神がかなり屈折した反抗期の中学生役がかなりはまり役で、彼の右に出るものがいるのかなとも思わされた。例えば最初のシーン。ゲームをやっていて、父の弟の話に耳を傾けない息子(裕太)に対して、再婚相手の女性(恵)が優しく話しかけるシーン。

恵 「(気を遣って謝る健次に対して)全然、大丈夫大丈夫。裕太くんもゲームしたいよ、楽しいんだもんね?」

裕太「別に、楽しくはないですね。」

恵 「え?嘘?楽しそうじゃん。全然やってていいんだよ。」

裕太「だから今やってますね。」

恵 「あ、うん、そうだよね。」

裕太「はい、見れば分かりますね。」

恵 「あ、そうだよね、見れば分かるね。」

 文字で起こしても分かる、生意気なガキ感。これを本当に鼻につくように演じると同時に、いるいるーって観客に思わせて笑わせる。ふざけて話しているようには一切思わせずに、本当の会話として成立させているのがすごい。よくテレビで超頭のいい小学生とか中学生が話してるようなリアリティ。この一連の会話で観客はこれは笑うやつだと思わせる。これがとても大事なロジックだと思った。

 というのも今回の作品は、実際にあり得るような普通の話がベースになっている。何か特別に笑わせるために変な展開を用意しているとかはない。だから普通に進めば、淡々と物語が進むだけだった。最初のシーンで屈折した少年のやり取りを提示することで、この物語に対する観客の見方を提示したと思う。日常の妙を浮き彫りにして、そこを笑いに昇華している作品なんだと思って、これ以降のシーンで小さな日常的な会話でも笑いが起こるようになっていた。

 帰りの電車で、女子中学生と思われる人たちが目の前で話をしていた。いつもなら気にしないが少し話を聞いてみることにした。地獄だった。くそだ。生産性がない。馬糞だ。そう思った。でもこの地獄を楽しむんだと思い込めば、地獄であればあるほど面白くなってきた。逆説的な状況に陥っていた。こういう風にある種の見方を提示されればそう思えてくるものだ。

 戸田恵梨香が神崎直という馬鹿正直な女性を演じた「ライアーゲーム」というドラマ、映画がある。このドラマの最初は(漫画でも同じだが)、神崎が拾った一円玉を警察に届けるシーンから始まる。これで視聴者には、彼女が間抜け、馬鹿正直であるという印象が残る、刷り込まれる。そこから物語が始まる。

 ミステリー映画でもミスリードでよく使われる。前回の「22年目の告白」では、藤原竜也演じる曽根崎が犯人としか思えないような描写をすることで、そういう人なんだと思わせて裏切る。(前も言ったようにあれはミスリードが弱かったけど。)

 この効果が今回の演劇ではとても効果的だった。だから些細な日常会話でおかしな点を浮き彫りにさせて、あんなに笑いを起こすことができていた。

 

 とても面白かった!シベ少と比べたら爆発力では劣るけど、演劇という枠組みの中で普通のものから笑いを生み出していた。シベ少はあれは演劇っていうか、あるやりたいことを劇を使ってしている感じ。劇としてのストーリーの発想というか構成の発想が半端じゃないから。そこらへんはシベ少の記事見て欲しいな!そんなシベ少が今のところ一番好きだけど!

okko1101.hatenablog.com

 こっちきて最初に見たのがシベ少だったから自分の中で演劇という軸がずれていたのを今回でちゃんと戻せて、なおかつ笑わせていただきました。共感するところもたくさんあって、急だったけど見に見に行ってよかったなとすごく思えてる。あと、終演後にロビーで台本売ってたから買って少し見てみてる。

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 今回はセリフとか細かく文字起こしできたけど、いつもはなんとなく覚えてる雰囲気でやってるだけだから。

 ってな訳で、今回はついに4000字超えちゃった。本当は1000字ちょいに収めて、英語の勉強するつもりだったのに。まあ楽しかったからいいや。充実した一日。次見にいくのは7月29日のオールナイトイッポンRemixだったはず!それまでは演劇はおやすみ。ブログはことあるたびに書こう。4000文字はいらないから…。

 

2017.7.1 「22年目の告白ー私が殺人犯ですー」

※ネタバレあるよ※ 

 日本橋のtohoシネマズで観ました!日本橋って鬼おしゃれだねー。めっちゃちょうどいい色した建物がたくさんあった。あとはアンテナショップ。

 ていうかtohoシネマズって書いて思い出したけど、ちょい前に「シネマ」は「死ね」を連想するから「キネマ」って呼ぶことにしましょうみたいな流れが少しあったと思うけど、もうそういうの無くなってるね。ってことでググりました。東映太秦映画村からの回答らしいです。

キネマとシネマの違いについてですが、

 キネマとは、1895年にアメリカでエジソンが発明した初期映画用映写機のキネトスコープを改良してファンタスコープやヴァイタスコープが発明され、キネトスープや発声式映画用映写機のキネトグラフを語源として生まれたキネマトグラフという活動写真や映画を意味する言葉の略称のことです。

  シネマとは、1895年にフランスでリュミエール兄弟が発明した映画用映写機のシネマトグラフの略称のことです。また、シネマトグラフの公開が映画発祥の日の定説になっています。英語とフランス語の違いがありますが、共に映画を指す言葉であり、日本では、1896年11月25日に神戸でキネトスコープが先に上映されました。大正時代には、音の響きが大正ロマンの世相に合ったため好んでキネマが使われていましたが、戦後に開発されたシネマスコープの影響もあってキネマではなくシネマが一般的に使われるようになりました。

http://www31.tok2.com/home/thekato/photo/Kyotoeigamura.htmより) 

  cinemaのciを「シ」と読むか「キ」と読むかの違いだけだと思ってた…。発明した国が違くて言語的な問題だという意外とちゃんとした理由がありました。ってことで本題へ。

 

 

 

 今回みた映画は「22年目の告白」。

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藤原竜也のやつ。開発局の友達と7人で観に行きました。大人数だし、人気作品がいいよなって感覚。気になってたしちょうどいいタイミングだった。7人で座る無敵感。

 あらすじは書くの面倒臭いから引用で。以下ネタバレあり。

阪神・淡路大震災地下鉄サリン事件が発生した1995年、三つのルールに基づく5件の連続殺人事件が起こる。担当刑事の牧村航(伊藤英明)はもう少しで犯人を捕まえられそうだったものの、尊敬する上司を亡き者にされた上に犯人を取り逃してしまう。その後事件は解決することなく時効を迎えるが、ある日、曾根崎雅人(藤原竜也)と名乗る男が事件の内容をつづった手記「私が殺人犯です」を発表し……。

シネマトゥデイHPより)

 

 面白かったなー。最近ミステリー系の本も映画も触れていなかったからかこのワクワクする感じは久しぶりだった。あとやっぱり実力派の俳優さんが多数出てるから画力はすごくて、緊迫感のある重々とした場面がスポッと自分の中に入ってきた。

 

 

 プラスの感想は大体こんな感じです。っていうのも自分的にはただ面白いだけで終わってしまったていうのがある。面白いんだからいいじゃんって言われるのもすごくわかる。けど、「映画」っていう文化作品にするならそこからもう一つ発想がいかないといけないというのが最近の自分の考え。「夜空は最高密度の青空だ」とか「光」とか重めの映画を最近は見ているからだろうけど。

 

 今回の作品は、

「22年前に起きた残酷な連続絞首殺人事件の犯人を名乗る人物(曾根崎)が時効とともに現れ、法的な裁きを受けないという状況を利用して、自らのしたことを世間に広め、世間がその男に踊らされる。しかし、次第にその男は犯人ではないのではないか、ピエロなのではないかという疑惑が生まれ、その結果テレビ番組の生放送がきっかけで真犯人が見つかる。真犯人はジャーナリストとしてこの事件を追い続けていた(という体をとって成り上がり、生放送されたテレビ番組のMCを務めていた)男(仙堂)であった。」

という話。肝となるのは、行動や描写から犯人だと思われていた男が実は最後に殺された女の婚約者であったというどんでん返し。ここさえ上手く描ければ、ほぼ成功の話。

 というところに先ほどの違和感を感じた。これってそのどんでん返しの発想で終わっていないか?と。要は、本読んだ時点で終わってないか?と。もちろん映像のリアリティで人物がより丁寧に描けてるのは事実だけど、ただ「ストーリー」の面白さで終始しているなーって思った。こんなこと、3ヶ月前だったら思わなかっただろうけど大学入っていろんな人と出会って趣味合う人といろいろ話して、思うようになったこと。

 この映画からは「ストーリーに付随してくる、映画だけが使える力、もの」があまり伝わってこなかった。仙堂が殺人をした理由に、人間の孤独さ、人間だけが持つ感性(死ぬはずだった自分だけが生き残ることへの罪悪感)が浮かび出されるっていうのもわかる。

 ただ脚本に少し無理矢理感があるというか粗があったように思えたことで、あんまりすっとは入ってこなかった。

 まずは伏線がかなりわかりやすく張られていること。

 曾根崎が刑事の牧村の耳元で何かを囁いたあと、牧村が曾根崎に殴りかかろうとしたシーン。こんなの今まで何回も見たことあるよさすがに。

 そして、真犯人と名乗る仮面を被った人物が実は偽物だと判明した後、ニュース番組の締めで仙堂が言った「この事件はもう一度闇の中に葬られたと言っても良いでしょう。」という言葉。いやよくねーだろ!言っちゃダメだろ!なに勝手に闇の中入れようとしてんだよ!なんでこの人はこうやって断言するんだろうっていう違和感。

 あとは、牧村が深夜まで動画を見ている最中に、部下が「もう時効過ぎてるんですからー」と言ったことに対して発した「お前今なんて言った!!」という言葉。怒っているというのがフェイクで実際は自分の発見に高ぶっているという状況、もう明らかに違和感しかない。

 とか他にもあったと思うけど、自分が感じた違和感はこんな感じ。もちろん気づかせそうとしてるところもあるんだろうけど、違和感てか、これらのせいで、あんまりミスリードされなかったんだよね。ミステリー系ってミスリードされてなんぼなところあるし。

 

 もう一個自分が気になったのは、犯人(仙堂)の殺人の動機付けの不鮮明さ。映画の前半はかなり丁寧に描かれてた分、後半のネタバラシがかなり駆け足になってた。だから、仙堂が戦地にいた時に同僚が目の前で殺されたのが忘れられず、他者への親和性を求めて殺人を犯したっていうのがすっと自分の中には入ってこなかった。連続殺人をするやつの心情なんて納得できるわけがないからしょうがないとも思うけど、もっと丁寧に描いて欲しかった。被害者感情はかなり丁寧に描かれていた分、加害者心情は「戦地での経験」との相互性があまり上手くいってなかったように思えてしまった。

 後半がもっとゆっくり前半のようにハラハラさせてくれればよかったんだけど、観客とは別のところでストーリーが勝手に進んでいく感じがした。映画の一部になってドキドキさせられていた観客が急に外に投げ出された感覚。そこがとても残念だった。

 

 こんな風に書いたけど、面白かったのは確か!星で評価するのはあんまり好きじゃないけど、星4弱は普通にある作品だと思う。自分的なやや同じカテゴリー(メッセージ性的な意味)に属すると考えられる、帝一の國はかなり面白かったからそれに比べると、見劣る。

 ただ、ちはやふるの下の句とかソロモンの偽証上下に比べたら全然比べるのも申し訳ないほど面白かったと思うね!(ちはやふるの上の句は、去年の個人的ベストだった分、下の句の残念感。上の句の青春感がたまらなくて、未だに忘れられないくらい好きかも。)

 

 今回もかなり長くなっちゃったなー。でも書くの楽しいからいいや。3200字オーバーで終了。

2017.5.27 シベリア少女鉄道「たとえば君がそれを愛と呼べば、僕はまたひとつ罪を犯す。」

 1ヶ月くらい前に見た演劇だけど、記録に残したいぐらい面白かったので一番最初の記事として。

 

 高校生の頃から行きたいと思って、受験勉強のモチベーションにしていた劇団。劇団の概要は以下のとおり。

 

緻密な劇構造を無駄遣いしてくだらない笑いにしか昇華させないふざけた作風で後ろ 指さされる無邪気な大人達の集会所。

シベリア少女鉄道公式HPより)

 

 ここの主宰者は土屋亮一氏。NHKのコント番組のLIFEとかテレ東のウレロシリーズとかに参加してる演出家さん。そういうこと関係なしに、ツイッターでフォローしてる人が公演の度に絶賛してて、検索しても褒めてるブログばっかりで、でも映像化されてないから生で見にいくしかなくて歯がゆかったけど、ついに見に行けた!もう上京してきて一番良かったって思った瞬間だった!

 

 シベ少は、昔はまた違うようなスタイルもあったみたいだけど、前半にたくさんの伏線を張って後半にそれを回収してどんでん返しさせるってのが最近の手口らしくて、気が狂ったかのように笑いをとっていくコメディをする劇団。小ネタであはは、みたいなのじゃなく、堂々と正面突破してくる感じ。もう28回目の本公演でハードルも上がり切ってるだろうに、それをしっかり飛び越えていく。もう土屋さんもだけど、演じてる人も半端じゃないなと思いました今回の作品は。

 

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 今回の作品も最近の手口と同じようなスタイル。赤坂レッドシアターで上演されてました。いい小劇場。

 前半はつまらなくても我慢して観る(というかそこに伏線あるから超重要なんだけどね)。なんか前半も少しだけ小さい笑いどころあったから、「もしかしてこれがネットで書かれてる面白ポイントなのかなー、じゃあ全然面白くないなー」って初めての観劇だったので思ってました。でもこんなの杞憂にすぎなかった。こんな心配したのがアホなほど、後半では怒涛の盛り返しでした。途中でくるカタルシスが半端じゃない。本当に手叩いて笑った。

 

 

  チラシのコピーは「ただ、きっかけを待っている」。

  

 ①ワン切りと非通知で着信が来る。それが婚約者のいる美奈子が、かつて致し方ない理由で別れた元彼の雄一と会う合図、というところから始まる。不倫。その合図を発見し次第、約束の海辺に走る美奈子。二人は出会う。美奈子を諦められない雄一は、意を決してプロポーズをする。婚約者がいるが雄一との別れに納得していない美奈子は、困惑しながらその場を立ち去る。

 

②そんな中、美奈子の姉の可奈恵は病気で入院していた。その治療の成功率を高めるには他の病院に行く必要があるが、かなりの費用がかかる。高額な費用を心配した美奈子のことを、妹の優奈は「お金の問題じゃないでしょ!」と憤慨し、頬を叩いた。

 

③その後、少し状態が回復した可奈恵は優奈とともに院内を散歩しようと歩き出す。しかし突然、可奈恵の体調が悪化し倒れ込んでしまう。優奈は「先生!先生!」と医者を呼び、そこに医者の先生が到着し、担架に乗せて緊急治療室に乗せて行ってしまった。

 

 

 

…と。本当にごく一部かつ前半の内容がこんな感じ。一見普通、いやむしろ平凡すぎる。しかし、上に書いたことが全てフリになって活きてくる。軸になるのは「きっかけ」。①〜③の全てが、ある「きっかけ」によって構成されている。

①では、『ワン切りと非通知の電話がきっかけで、美奈子は海辺に行く』。

②では、『美奈子がお金のことを切り出したことがきっかけで、優奈はビンタをする』。

③では、『可奈恵が倒れて美奈子が「先生!」と呼ぶことがきっかけで、先生が可奈恵を緊急治療室に連れていく』。

 

 「位置についてヨーイドンと言ったら、スタートしてください。」というのがある。これはヨーイドンでいつもスタートする(ヨーイドンがスタートのきっかけになっている)からこそ、ひっかけとして成立する。文章として全文見せられたら間違えるわけがないと思うが、実際は気持ちがはやっているため、断片的な情報で判断してひっかけられる。

 

 この演劇では役者はある種、操り人形のようなものになっている。前半では、きちんとそのきっかけ通り動けている。正しく操られている。しかし後半に向かうにつれて、人形たちはきっかけ通りに正しく動けなくなっていく。①〜③のきっかけは以下のようにして崩れていく。

 

①では、誰の電話がなっても、たとえそれがワン切りや非通知でなくても美奈子は海辺に向かって走り出してしまう。当然そこには誰もいない。

②では、誰であっても『金』というフレーズを放った人を優奈がビンタしてしまう。

③では、誰が倒れても先生が呼ばれ、その人がたとえ元気であっても先生はその人を緊急治療室に連れて行ってしまう。

 

 こうして、あらゆる状況できっかけが間違えられていく。ここに書かれてることなんてほんの本当の一部に過ぎず、全体ではこんなきっかけが10以上は普通にあった。そしてそのきっかけが何重にも連鎖することで、その場はカオス、地獄と化す。

 全く普通のストーリーだった前半の演劇が後半になってコントになる。10以上も張り巡らされた前半の伏線(この時点ではいたって普通の一場面)が全て後半に笑いとなっっていた。

 おそるべしシベリア少女鉄道。こういうことって思いつくことはできるのかもしれないけど、実際に実現して笑いを取るっていうのは天才の所為。全て連鎖するように作り上げるその能力に脱帽ですよ。もうこれはこれからの全ての公演に行くことが決まりました。

 

 伏線回収の最終形を見たような気がする。でもこれをまたシベ少はゆうに上回ってくるのだろう。このブログじゃシベ少の良さ、凄さが完璧に伝えられないの歯がゆい…。実際見ないとわからないと思うよ!ここの凄さ。あと、これは見終わった後どんなものよりも感想戦したくなるから誰かと一緒に観にいくの勧める!答え合わせ的な感覚になるし。次回公演は今年の秋冬の予定。楽しみ!!

 

 

ちなみにこれはシベ少のHPにはめ込まれている動画。これもカタルシスが素晴らしい。違和感感じたところがだんだんわかっていく感じ。元ネタわかればだけど。

 

数年前にフジテレビ「POP屋」という深夜番組で放送した4分くらいの短編です。こういうことを普段2時間くらい かけてやったりしてます。おおむねこんな感じの劇をしてます。 

シベリア少女鉄道公式HPより)

 

www.youtube.com