2017.7.1 「22年目の告白ー私が殺人犯ですー」

※ネタバレあるよ※ 

 日本橋のtohoシネマズで観ました!日本橋って鬼おしゃれだねー。めっちゃちょうどいい色した建物がたくさんあった。あとはアンテナショップ。

 ていうかtohoシネマズって書いて思い出したけど、ちょい前に「シネマ」は「死ね」を連想するから「キネマ」って呼ぶことにしましょうみたいな流れが少しあったと思うけど、もうそういうの無くなってるね。ってことでググりました。東映太秦映画村からの回答らしいです。

キネマとシネマの違いについてですが、

 キネマとは、1895年にアメリカでエジソンが発明した初期映画用映写機のキネトスコープを改良してファンタスコープやヴァイタスコープが発明され、キネトスープや発声式映画用映写機のキネトグラフを語源として生まれたキネマトグラフという活動写真や映画を意味する言葉の略称のことです。

  シネマとは、1895年にフランスでリュミエール兄弟が発明した映画用映写機のシネマトグラフの略称のことです。また、シネマトグラフの公開が映画発祥の日の定説になっています。英語とフランス語の違いがありますが、共に映画を指す言葉であり、日本では、1896年11月25日に神戸でキネトスコープが先に上映されました。大正時代には、音の響きが大正ロマンの世相に合ったため好んでキネマが使われていましたが、戦後に開発されたシネマスコープの影響もあってキネマではなくシネマが一般的に使われるようになりました。

http://www31.tok2.com/home/thekato/photo/Kyotoeigamura.htmより) 

  cinemaのciを「シ」と読むか「キ」と読むかの違いだけだと思ってた…。発明した国が違くて言語的な問題だという意外とちゃんとした理由がありました。ってことで本題へ。

 

 

 

 今回みた映画は「22年目の告白」。

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藤原竜也のやつ。開発局の友達と7人で観に行きました。大人数だし、人気作品がいいよなって感覚。気になってたしちょうどいいタイミングだった。7人で座る無敵感。

 あらすじは書くの面倒臭いから引用で。以下ネタバレあり。

阪神・淡路大震災地下鉄サリン事件が発生した1995年、三つのルールに基づく5件の連続殺人事件が起こる。担当刑事の牧村航(伊藤英明)はもう少しで犯人を捕まえられそうだったものの、尊敬する上司を亡き者にされた上に犯人を取り逃してしまう。その後事件は解決することなく時効を迎えるが、ある日、曾根崎雅人(藤原竜也)と名乗る男が事件の内容をつづった手記「私が殺人犯です」を発表し……。

シネマトゥデイHPより)

 

 面白かったなー。最近ミステリー系の本も映画も触れていなかったからかこのワクワクする感じは久しぶりだった。あとやっぱり実力派の俳優さんが多数出てるから画力はすごくて、緊迫感のある重々とした場面がスポッと自分の中に入ってきた。

 

 

 プラスの感想は大体こんな感じです。っていうのも自分的にはただ面白いだけで終わってしまったていうのがある。面白いんだからいいじゃんって言われるのもすごくわかる。けど、「映画」っていう文化作品にするならそこからもう一つ発想がいかないといけないというのが最近の自分の考え。「夜空は最高密度の青空だ」とか「光」とか重めの映画を最近は見ているからだろうけど。

 

 今回の作品は、

「22年前に起きた残酷な連続絞首殺人事件の犯人を名乗る人物(曾根崎)が時効とともに現れ、法的な裁きを受けないという状況を利用して、自らのしたことを世間に広め、世間がその男に踊らされる。しかし、次第にその男は犯人ではないのではないか、ピエロなのではないかという疑惑が生まれ、その結果テレビ番組の生放送がきっかけで真犯人が見つかる。真犯人はジャーナリストとしてこの事件を追い続けていた(という体をとって成り上がり、生放送されたテレビ番組のMCを務めていた)男(仙堂)であった。」

という話。肝となるのは、行動や描写から犯人だと思われていた男が実は最後に殺された女の婚約者であったというどんでん返し。ここさえ上手く描ければ、ほぼ成功の話。

 というところに先ほどの違和感を感じた。これってそのどんでん返しの発想で終わっていないか?と。要は、本読んだ時点で終わってないか?と。もちろん映像のリアリティで人物がより丁寧に描けてるのは事実だけど、ただ「ストーリー」の面白さで終始しているなーって思った。こんなこと、3ヶ月前だったら思わなかっただろうけど大学入っていろんな人と出会って趣味合う人といろいろ話して、思うようになったこと。

 この映画からは「ストーリーに付随してくる、映画だけが使える力、もの」があまり伝わってこなかった。仙堂が殺人をした理由に、人間の孤独さ、人間だけが持つ感性(死ぬはずだった自分だけが生き残ることへの罪悪感)が浮かび出されるっていうのもわかる。

 ただ脚本に少し無理矢理感があるというか粗があったように思えたことで、あんまりすっとは入ってこなかった。

 まずは伏線がかなりわかりやすく張られていること。

 曾根崎が刑事の牧村の耳元で何かを囁いたあと、牧村が曾根崎に殴りかかろうとしたシーン。こんなの今まで何回も見たことあるよさすがに。

 そして、真犯人と名乗る仮面を被った人物が実は偽物だと判明した後、ニュース番組の締めで仙堂が言った「この事件はもう一度闇の中に葬られたと言っても良いでしょう。」という言葉。いやよくねーだろ!言っちゃダメだろ!なに勝手に闇の中入れようとしてんだよ!なんでこの人はこうやって断言するんだろうっていう違和感。

 あとは、牧村が深夜まで動画を見ている最中に、部下が「もう時効過ぎてるんですからー」と言ったことに対して発した「お前今なんて言った!!」という言葉。怒っているというのがフェイクで実際は自分の発見に高ぶっているという状況、もう明らかに違和感しかない。

 とか他にもあったと思うけど、自分が感じた違和感はこんな感じ。もちろん気づかせそうとしてるところもあるんだろうけど、違和感てか、これらのせいで、あんまりミスリードされなかったんだよね。ミステリー系ってミスリードされてなんぼなところあるし。

 

 もう一個自分が気になったのは、犯人(仙堂)の殺人の動機付けの不鮮明さ。映画の前半はかなり丁寧に描かれてた分、後半のネタバラシがかなり駆け足になってた。だから、仙堂が戦地にいた時に同僚が目の前で殺されたのが忘れられず、他者への親和性を求めて殺人を犯したっていうのがすっと自分の中には入ってこなかった。連続殺人をするやつの心情なんて納得できるわけがないからしょうがないとも思うけど、もっと丁寧に描いて欲しかった。被害者感情はかなり丁寧に描かれていた分、加害者心情は「戦地での経験」との相互性があまり上手くいってなかったように思えてしまった。

 後半がもっとゆっくり前半のようにハラハラさせてくれればよかったんだけど、観客とは別のところでストーリーが勝手に進んでいく感じがした。映画の一部になってドキドキさせられていた観客が急に外に投げ出された感覚。そこがとても残念だった。

 

 こんな風に書いたけど、面白かったのは確か!星で評価するのはあんまり好きじゃないけど、星4弱は普通にある作品だと思う。自分的なやや同じカテゴリー(メッセージ性的な意味)に属すると考えられる、帝一の國はかなり面白かったからそれに比べると、見劣る。

 ただ、ちはやふるの下の句とかソロモンの偽証上下に比べたら全然比べるのも申し訳ないほど面白かったと思うね!(ちはやふるの上の句は、去年の個人的ベストだった分、下の句の残念感。上の句の青春感がたまらなくて、未だに忘れられないくらい好きかも。)

 

 今回もかなり長くなっちゃったなー。でも書くの楽しいからいいや。3200字オーバーで終了。