2017.8.8 「心が叫びたがってるんだ。」

※すぐネタバレあるよー※

 今日は、新宿バルト9へ。もう公開から結構日にち経ってるのか、意外と上映館数が少なくてスケジュール立てるのに苦難しましたが、まあ見ないとダメでしょってことで。

 あらすじ(かなりネタバレあるね)はこんな感じ。

他人と本音で向き合うことができない高校3年生の坂上拓実は、クラスの担任から「地域ふれあい交流会」の実行委員に任命されてしまう。一緒に任命されたクラスメイトの成瀬順は、幼い頃のトラウマのせいでしゃべると腹痛に襲われるため文字でしか他人と意思疎通できず、同級生からは変わった子だと思われている。担任の提案により、交流会の出し物はミュージカルに決定。そのヒロインを務めることになった順は、拓実のある言葉をきっかけに、これまで心に閉じ込めてきた自分の本当の気持ちを歌にして伝えることを決意する。

(映画.com(http://eiga.com/movie/86707/)より引用)

 一応公式HPも。

kokosake-movie.jp

 

 

 いやー終盤普通に泣いちゃったじゃんかー。ずるいよ。あんな愚直に子供の成長見せてそれ見守る親の構図とか出されたら泣いちゃうじゃん。ってことでいい映画だったことには間違いなかったです。芳根ちゃんも相変わらず可愛かったです。王道って感じで見やすかったし、特段大きな仕掛けがある訳ではないし、みんなの想像通りな進み方なんだけど、まあよかったですよ。ほんとうまく言えないなー悪く言いたい訳じゃ全くないんだけど今までで一番褒める感じでもない的な。

 

 成瀬順が中心に話が進んでいく。拓実によって彼女の扉が開いていき、彼女によって他の3人も本当に言いたいことっていう扉が開いていく。これは完全に4人の物語だったし、ただ成瀬順が象徴として置かれてただけとも言えるかも。それぐらい他の3人に感情が入りやすかった。

 

 

 言葉は戻ってこない不可逆なもの。よくわかる。一度何気ない感情で発した言葉が相手を傷つけてしまうことがある。自分自身も何度か傷つけてしまったことがある。もしかしたら自分が気づいていないだけで、他にも傷つけてしまった人がいるかもしれない。いずれも自己中心的な考えだったと思う。それか何も考えずに発した言葉だったか。でも発してしまった以上もうどうしようがないし、自分は忘れられたとしても相手は忘れられないものかもしれない。逆に、自分が忘れられなくて相手が忘れてしまっているものかもしれない。どちらも覚えていたり忘れていたりするかもしれない。誰も答えはわからない。だって覚えているのか、忘れているのか、その事実は言葉に出していないから。

 言葉は発すれば戻ってくるものではないが、発しなければ誰にも届かない。発さないとわからないから悩み苦しむ。

 

 

 

 あと、心「が」叫ぶっていうのと、心「を」叫ぶっていうのは違うことだよなーって途中から考えちゃった。心は叫ばない。でも私が「心を叫ぶ」ことはある。

 映画の中でも一応パンフでも確認したけど、「心は叫ばない」→「心は叫んでる」→「心が叫び出す」→「私は叫ぶ」になってる。順が書いた本だから順の心の流れと一緒なんだけど、拓実と会って「心」は動き出す。そして心「は」叫び出す。でも身体「は」叫ばない。そして、心「が」叫び出す。その頃には歌であっても自分のことが少しずつ表現できるようになっている。だから心と身体が一致するようになってきた。自分がしたいこと伝えたいことが口に出せるようになってきた。でも、拓実が仁藤のことを好きってことを知ってしまう。そのショックで今まで心と身体をつなぎとめてきた歌が失われた順。ミュージカルを無断欠席して、彼女が心を叫べなくなった原因であるラブホに籠もる。そこに現れたのが当の拓実で、彼が順の心と体をつなぎとめる役割を担い、彼女の叫び出していた思いが口に出された。「心が叫び出していた」状態に拓実が現れて実際に「私は叫ぶ」状態になった。個人的に、「は」だと受動的な印象を受けるが、「が」だと能動的な印象を受ける。だから、心「は」叫んでいる だとより何かに頼っている感じがするけど、心「が」叫び出す だと自然と心からの思いが出ているような印象。

 順にとっては拓実が触媒になってるけど、拓実、仁藤、田崎にとっては順が触媒。最初はあんなに誰ともコミュニケーションが取れなかったのに。成長だね…しくしく思っちゃうね。

 

 

 

 ってな感じで終わろっかなー。なんかいつもに増して雑多で散らかった感想になったけどいいでしょう。もともとそんなもん。あと短めに終わらせたかった。ちょくちょく書き足すかもしれないなー。