2017.8.24 「君の膵臓をたべたい」

 ついに観てきました。

 

 

                                                                                 

                                                              

                                                              

 

 

 

 

 

 

 

 今までで一番泣いた映画でした。今でも思い出したら泣きそうなくらい。それなりには映画見てきたつもりだけど、ついに長らく泣いた映画ランキング一位の座にあった、「STAND BY ME ドラえもん」を圧倒的に追い抜いて大号泣の映画に。後半の45分くらいかな?そこらへんからもう止まらなくなって、最後までずっと号泣。泣くってよりも号泣。ハンカチで口抑えて、嗚咽が漏れて周りの人に迷惑かかないようにするのが30分ぐらい続いたのは初めて。これまでの人生でもこの経験は初めて。

 あまりにも根源的な課題を突きつけられ、そしてそれは今までもこれからも解決できそうにないもの。僕はもうスクリーンで描かれた世界の中に佇むしかなかった。まだ心は、違う時間軸で動いているよう。

 いやー、あんなに泣いたの初めて。普通に呼吸したら音が漏れて迷惑かけるほどになるとは思わなかった。素晴らしい映画でした。画が綺麗なのは、監督さんの特徴らしいけど、あらゆるものが一つを表現するためにあるように綺麗な映画。もう一回見に行こう。

 もう一回観に行ってきっと追記します。構成的にうまく全部書けなかったのもあるし。

 

 

 

 

※以下ネタバレあり※

(このブログ全体で、ネタバレあり=もし読むなら鑑賞後に読んだ方がいいよ、ってことです)

 

 まずは一応公式HP。あくまで一応。

kimisui.jp

 

 んー!これは僕にドンピシャの映画だった。青春映画とか小説とか好きなんだけど、なぜだろうと考えた時にいつも頭に思い浮かぶのは「自己投影」。ももクロ好きになり始めたのもきっとこれ。自分の青春でやり残したと後悔している未消化分、物理的に不可能だった分。これらを他の何かに委ねている気がする。一個しか一度しか過ごせない青春時代でも、過ごしたい理想の青春時代パターンはいくらでもある。映画見た時にこんな人になりたいって思う。でも自分じゃ無理だ。アイドル見た時に自分もこうやって人を惹きつけたいと思う。でももうダメだ。だからってそこから目を背けるわけにはいかない。そういう空間が好きだから。もしかしたら、今からでも可能なのかもしれない。でもそのためには必ず犠牲にしないといけないものが出てくる。僕にはその犠牲を払う勇気がない。成功するかもわからないというのも二の足を踏ませる。

 それだから、僕は自分をその世界に投影することで満足しようとする。その行為自体、行為後の爽快感というかやり切ったという感じがまるで一つの青春を自分が過ごしたかのように感じる。これが青春という存在を好む理由。いい言葉で取り繕うと自己投影だけど、単なる未練でもあるが。

 

 大切な人、生、死。最近頭をぐるぐる駆け回っているテーマ。この映画を観て思うのはやっぱり「生きていないと想うことしかできない」っていうこと。

 もし大切な人が自分の元から離れて行ってもう連絡が取れなくなって後悔しても、生きていればまだなんとかなる。なんとかならないとしても行動することでもしかしたら諦め切れるかもしれない。

 

 でも死んでしまったら。この世にいなかったら。

 

 思い出が過去形になる瞬間、それが現在形になることがない瞬間、想うことしかできなる。

 余命宣告を受け、死をある程度受け入れている桜良にとってはもうその瞬間は見えていた。でもその瞬間を彼女を味わうことはない。彼女には残された時間を全うするしかない。

 今まで不安を見せてこなかった彼女が吐露した初めての死への恐怖。強さを見せる人の隠された弱さ。強さという虚勢をはることで弱さを隠す、ということは自分でもよくある。弱い部分を知られたくないけど、知って欲しくもある。でも変な心配もして欲しくない。この自分ではどうしようもない気持ちをうまく、それも意識せずに自身が自然体で対応できたのが【僕】だった。だから桜良は彼と余命までの日々を共にしようとした。弱さを周りに感じ取られている人が内に秘めている強さ。人を助けられる強さ。これが彼の最大の武器にして、上手く発揮できないという点で弱点だ。でも彼女といることで彼はより良い方向に向かう。

 

 

 誰か自分を変えてくれる人と出会えること、自分に刺激を与えてくれる人に出会えることは極上の幸福ではないか。僕自身、高校時代にある人と出会い、今までの自分だと見ることのできなかった世界を見ることができた。それは自分にとってとても幸せな経験だった。

 

 大学生となった今。もっと様々な人と出会い、この限られたモノトーンの時間が色付いていく経験をしていきたい。そのためには、死なないことだ。誰一人死んじゃだめだ。みんなで生きて、その時を迎えたい。周りの人と笑顔で迎えたい。

 

 

 この映画に出会えてよかったと心から思う。こんな素晴らしい経験をできるのも生きているからだ。明日の命があるのかは誰もわからないのだから。

 またもう一回見にいこう。それまでは必ず生きよう。結婚して子供も産みたい。普通の幸せを得たかったのに、そのチャンスすら得られなかった人がいるんだ。明日のこともわかんないのに何年も先のことなんてわかるわけない。でもわからないならわからないなりに今を生きて、その生の積み重ねで孫が産まれるまでは生きよう。